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音楽的に多くの業績を残した宮城道雄も、その素顔は実に人間味にあふれていました。にぎやかなことが好きで、冗談が好きで、雷が大嫌いでした。こうした茶目っ気たっぷりの明るい素直な人柄は、彼自身が書いた随筆の中によく表れています。宮城は随筆家の内田百間の勧めによって、昭和10年2月に最初の随筆集『雨の念仏』を出版して以来、その才能を音楽ばかりでなく、文章の世界でも開花させました。聴覚や触覚など、全身の感覚で捉えた感性豊かな随筆は川端康成、佐藤春夫など多くの人々から高い評価を得ました。 |

音に生きる
毎年正月になると、私の家の庭先へ、一羽の小鳥がやって来る。それは去年も一昨年もその前の年に来たのと、同じ小鳥なのである。
しかし、私の家の者は誰も、それが毎年来る同じ小鳥であるということには、気がつかない。これは、ただ私だけが知っているのであって、私はその小鳥の囀る声を聞いて、今年もまた正月を祝っているのだな、と何となく嬉しいような懐かしいような気持ちになる。
目の見える家の者たちが知らない小鳥を、目の不自由な私だけが知っているのは、おかしい話であるけれども、それは、私は小鳥を目で見ないで、耳で鳴き声を聞いているからである。毎年同じ音色と調子で囀るのを聞いて、私にはそれが前年と同じ小鳥だということがわかるのである。
このように、私たち盲人は、ただ音の世界にばかり生きているのである。これは、目明きの人から見ると、いかにも不自由な世界のように思われるかもしれないけれど、傍で考えているほど、不自由でも淋しいものでもない。
私はいつも都会の真ん中に住んでいて、海の潮鳴りを聞いているのである。こういったら、他人は変に思うかも知れぬが、実際、天候が悪くなって、嵐でも来そうな気配がし始める時などには、家にいてじっと坐って耳を傾けていると、遠くの方から都会の騒音が、はっきりと、海の潮鳴りのように聞こえて来る。
私はこの潮鳴りに耳を傾けながら、からだは都会の真ん中におきながらも、魂だけは遥か海辺に遊ぶことができるのである。盲人の世界はそれなりに目明きの知らぬ楽しみがある。 |
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